その年、降りしきる雪は江戸を白魔で覆いつくしていた。
草履に牡丹雪がまとわりついて、歩きにくいことこの上ない。
お登勢はこんな年でも旦那の墓参りは欠かさない。
「オイ、ババア。それ、まんじゅうか」
男は旦那の供物をぺろりとたいらげた。
格好からするに攘夷戦争後、行き場をなくした志士の生き残りだろう。
「そーいえば、あんたのこと探してる人がいたよ、」
「へえ、…どんな奴だ」
一瞬、間が空いたね。心辺りがあるんだろうね。
「袈裟がけの坊主、黒い長髪の二枚目さね。真面目そうな人だったよ」
「気にすんなよ、ババァ、人違いだ」
「でも特徴がピッタリ合致するよ」
何か訳ありそうだ。こりゃあ、ちと厄介な男かもしれない。
「………」
「とにかく、そんななりじゃ、住まいもないんだろ。うちにくるかい?」
男は物憂げに寄りかかっていた旦那の墓石から腰を上げた。
「サンキュー。ババァ…」
店に連れ帰り、余り物の昨日の夕飯が食わしてやったら、餓鬼みたいに貪り始めた。
名前を銀時と名乗った。
「うめぇー!!あっ、いてっ舌噛んだあああぁぁ!!!」
「落ち着いて食いな」
「うん、この肉じゃがも佃煮もいける、いける!!!
ただ飯食わしてくれて感謝してますババァ」
「ふざけんな、ちゃんと働いて飯代返せよ!」
「なー、ケーキとか饅頭とかないの」
「そんなもんねぇよ!」
「クッキーとか飴でもいい」
「うるせーよ!おまえには余り物で充分なんだよ!!」
「ちっくしょー糖分が足りねぇ」
「テメーもう一度路頭に迷わせてやろうか!?」
銀時は店の地べたをはいずり、ジャンピング土下座をかます。
「スンマセンでした!!!!」
腕組をし、飯をかきこむ男を眺めながら、お登勢はさっきの坊主の言葉が
頭をよぎった。
「もし、そこの方。この辺りで最近、銀髪の天然パーマも男を見かけませんでしたか?」
随分青白い坊主だった。
「尋ね人かい。いいや。見てないね。」
「気だるい目をしたやる気のない奴で、年は二十代半ばぐらいだなんだが。」
「いいや。やっぱり知らないねぇ。」
何で墓場で人探しなんてしてるのかねぇ。
「そうか。失礼した」
「ちょいとお待ちよ、そいつ他に特徴は、」
「無類の甘いもの好きだ」
「余計なお世話かもしれないけどさ、、もっと人通りの多いとこに行けば…」
「そうだな。しかし恩師の墓が近くにあるものでな」
「恩師?」
「うむ。あいつなら、いつか必ずここを…この町を尋ねるだろう、そう思ったのだ」
「毎日ここで探してるのかい?」
「いやさすがに毎日ではないが…たまにな。近くに寄った時は」
「そいつは知らなかったね。見つかるといいね」
「これ、……アイツにも食わしてやりてぇなあ。ソイツ、武士たるもの質素倹約なんつってさあ、蕎麦が大好きなんだぜ。こういう粗末な食事喜ぶかもな」
「そまつう?てめーやっぱりこの寒空の下、放り出されてーんだな、そうなんだろ実は!」
頬に強烈な右ストレートが炸裂する。
「そいつもさあ、連れておいでよ、ここに」
「…ああ。そのうちな」
教えてあげたいけどさ、そんなの野暮ってもんだよね、きっと。
灰白色の空、切れ切れの雲間から光が差し込む。
外では既に雪が止み始めていた。
「ババア、おかわり!!」