浅緑の恋だね
こんな場処に蕎麦屋なんてあっただろうか。記憶にないなと不思議に思いつつ、暖簾をくぐる。
「へい、らっしゃい!」
威勢のいい挨拶。しかし聞き慣れたこの声は。
「おう、ヅラか。待ってたぜ。たくさん食ってってくれよ」
「銀時ではないか。どうした、蕎麦屋に転職か、それとも仕事絡みか」
「何言ってんだよ、今日この店はお前のために開いたんだぜえ」
「俺の為?」

「ほらよ、品書き」
「あ、ああ。ではもりで」
「もり一丁!」

「中々いけるな」
「だろォ」
一本だけ、色付麺があった。
浅緑色。生地に茶葉でも練り混ぜてあるのだろう。目にも鮮やかで楽しい。
箸で一本だけ緑の麺を摘まむ。

「いい香りだ。ずいぶん凝ってるな」

汁につけてすする。



「ふぅ、ご馳走さま」
食後に一息つくと、熱いお茶をすすった。

「どれどれ」
銀時がカウンターから乗り出す。
「おっ。きれいに全部平らげたな」
「あぁ。完食だ。旨かったな。また来よう」

「あ、一本だけ残ってる」
「え、そんなはずは」
ザルを除き込む。
一本だけ、浅緑の麺が残っていた。
桂が手に取る。
「これ、蕎麦の麺じゃないな」
それは細い細い、糸のようなもの。

「長いな」
糸はザルから伸びて伸びて伸びて伸びて、カウンターへ、銀時、銀時の左手、薬指に繋がっていた。

「おまえ、気づくの遅すぎ」
「すまん、何だ、これは?」
「何って赤い糸の言い伝え、知らねーの?」
「いや、知ってるが…赤くないだろ、コレ」
「俺もヅラも男だしな」
「だから、緑か?腐れ縁なんじゃないのか」
「何、俺が運命の人じゃ不満か」
銀時は小指に絡んだ糸をほどこうとする。
「あ……ま、待て、銀時、俺は、」

桂はすぐさま、反対側の糸の端を探す。
見つからない。
『銀…とき…ま…』
『銀さん、銀さん、ヅラっち寝言いってるよ、大丈夫?』
行きつけの屋台のカウンターで桂はガッツリ寝こけていた。悪夢でもみているのか、眉間に少し皺が寄っている。
いつも悪夢から揺り起すのは桂の方だったが今日は逆のようだ。
『マジ?しょうがねえ、そろそろ帰るか。オヤジ、今日はコイツの分もつけといて』
『えっ、ヅラっち今日は銀さんのおごりなの?いいな〜』
『いいんだよ、今日は特別だし』
『トクベツー?アヤシイなー』
『うるせっ』
銀時はヅラを背負って屋台を後にする。

夜のスナック街の狭い路地裏を縫うように歩く。
歌舞伎町のネオンはそこかしこで明るく、辺りを照らし出す。眠るにはまだ早い時間だった。
『変だなぁ、さっきまで良い寝顔だったのに、おかしくね?』
ヅラを挟んで長谷川さんと三人並んで、他愛ない世間話とか猥談やら馬鹿話やら仕事の愚痴やら肴に盛り上がって…
そんで、いつから寝てたっけ、コイツ?えーと、ほら。あのはなしあたりから…
いやダメだ、やっぱ思い出せない。俺も相当まわってる。

『ヅラぁ、どんな夢見てるか知らねーけどさ、俺の側なら隣だろうと背中だろうと腕枕だろうと良い夢にじゃねーと許さねーぞ、コルァ』
ずり落ちた体を背負い直す。

『覚えておこう』
『あ…起きてたの?ヅラくん』
『起きてた。それにヅラじゃない桂だ』
『どっから起きてたんだよ、おまえ性格悪いぞ…』

『何の話だ』
『いや、何でもない』

そろそろ万事屋が近い。あの門を曲がれば程なくして着く。

『あ、おまえ確か今日は誕生日だったな、おめっとさん』
『うむ。ありがとう、銀時。来年もこうして過ごせるといいな。』
『えっ、何言ってんの、ヤダよ俺は!おんぶして帰るのなんてこれっきりにしてくれよ!』
『俺は酔いつぶれたおまえをいつもおぶって帰ってるぞ』
『そ、それもそーね、そうでしたね、あははは……』

浅緑の縁というのも悪くない。


ふと、左手の小指を見ると、浅緑の糸がしっかり巻き付き、目の前の男の左手の小指に繋がっている。ように見えた。ほんの一瞬だけ。



「ただいま」
「なんでヅラが言うんだよ!それは俺のセリフだろ!ここ俺んちだからな!!」


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