「ちーす」
銀時はガサツに引き戸を開けた。建てつけの悪い木の扉が軋む。
「ヅラーじゃまするぜ?」
挨拶もそこそこにあがりこみ、家主を探す。

やっと見つけた部屋では桂は仕事の真っ最中だった。
机に向かったまま、書き物をしながら振り返らずに背中ごしに返事をする。
「よく来たな。ま、ゆっくりしていけ」
「おう」
顔は見えないが、声は温かい。

「菓子ならいつもの棚にあるから勝手に出して食べててくれ」
「この前、俺が置いてった水羊羹は?残ってる?」
「あるわけ無かろう。もう半月以上も前だぞ。とっくに捨てたわ」
「いや、水羊羹ぐらいならヘーキっしょ」
「そこがいかんのだ、おまえ甘いものなら多少腐っていても食ってしまうからな」
「・・・・・・・はいはいはい。その通りだよ、返す言葉もございませんよー。」
「だから早々に処分した」
「つまりは俺のためね!」

ひととき、ヅラの筆が止まる。
「そうだ」

背中合わせに銀時は桂に寄りかかった。


ヅラは残念ながら情に流される性分ではない。
「銀時、もう少し時間かかるから待っててくれないか」
「んー」
気のない返事だ。待ちたくない。安易にそう態度で示している。
銀時は隣の部屋に無言で行ってしまう。隣は寝室で今日は布団が引きっぱなしだ。
待たせてしまうが仕方がない。


しばらくすると軽いいびきが聞こえてきた。
布団でふて寝してるうちに本当に眠ってしまったらしい。

まいったな、やっと仕事が片付いたんだが…。


ぐぅ…

桂は銀時を見下ろす。
するとさっきとは違って段々と目の前の男が小憎たらしくなってくる。

こいつがきたからこそ、仕事を手早く片付けたのに。
人の家にアポなしでやって来て昼寝なんて。一体何しに来たのか。

「銀時、終わったぞ」
「おい、銀時!」

桂は両手で思い切りほっぺたを伸ばした。痛くない程度に。
「ふぁっ!」 かつての白夜叉もすっかりだらけたもので、跳ね上がって驚いた。
「終わったぞと言っている」
肉付きのいいほっぺたをムニョムニョ伸ばす。

「ヒュラあ、ふぁにひやがる!」(ヅラ、何しやがる!)
「銀時が起きないのが悪い」
「いいあえにはゃせ!」(いい加減に離せよ!)
「ふっ。けっこうおまえの頬は柔らかくて気持ちいいな」
桂は頬を伸ばしたり引っ張ったりする。
「らんれもいいあらはやせーふぉらぁ!!」(何でもいいから離せコルァ!)
今度はほっぺたを押してみる。
「ぷっ。ふははははは!!銀時、面白い顔だな」
「ふぉのぉひゃろー!ふおんやはひぇかえらいひゃらな」(コノヤロー今夜は寝かせないからな!)
桂はほっぺたを手放さない。 完全におもちゃ扱いだ。
「何言ってるか全然わからんぞ、銀時」
「ひゅろおおぉぉぉぉぉ!」(くそおおぉぉぉぉぉ!)
「あっ」
銀時も負けじと頬を両手で伸ばてきた。
「ひゃにおひゅる、いんろき!」(何をする銀時!)
「ひゃられひゃなしれらまってられるああああ!!」(やられっぱなしで黙ってられるかああああ!!)
「いれれれれれれ」(痛ててててて)
「いらららららら」(痛たたたたた)

二人の頬と意地の張り合いは延々と続いた。


「銀さん、どうしたんですかその頬。腫れてますよ。ケンカですか?」
新八が心配して冷やしタオルを持ってきてくれた。
「えっ。いや何。ちょっと引っ込みつかなくなっちゃって」
「はあ。」
わかったようなわからないような。

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