あだ名は俺がつけた
銀時は猫じゃらしで桂をぺしぺし叩いていた。
「やーい、ヅラのバーカ!バーカ!」

穂先がふわふわで柔らかいので、痛くはない。痛くはないが…
桂は眉をひそめ迷惑だと言わんばかりにそれを振り払う。しかし銀時はからかうのを止めない。
「ヅラじゃない、桂だ!それにそのニックネームは止めろ!」
「ヅラ!ヅラ!」
「ヅラじゃない、っ…う、ぅ……ぇ」
あ…アレ?俺、もしかして泣かしちゃった、の?マジでか。

桂の目に僅かに涙が滲んでいる。

「お、おまえこんなことで泣くなよぉ」

通りかかった子供達が二人に気づいた。
「あ、銀時が桂泣かしてるーっ!!!」
「泣かしてるー泣かしてるー」
「銀時、悪い奴?」一斉に皆が囃し立てる。

「う、っ…うえぇん…」
目に溜まった涙がみるみる大きくなって頬を伝う。

「先生に言ってやろうぜ!」
えっ、ちょっ、ま、待てよ。悪いの俺だけか?確かに言い出しっぺは俺だけどね、お前らだって呼んでたことあっただろ?

「銀時、ちゃんと謝っとけよ」
「高杉、おいっ」
高杉含め、子供達は走り去ってしまう。後には再び二人が残る。


桂は涙を溢しながら、それを拭おうともしない。
しゃくりあげる嗚咽を堪えるので精一杯だ。

「銀時なんか…嫌いだ…!!!」
「え」
「おまえなんか大嫌いだ!!!」
銀時は驚いた。子宮から顔を出して以来の衝撃だ。
「えええええええ!嘘ぉ、何でそーなんの、ちょっ、ちゃんと落ち着こうぜ。」珍しく銀時はうろたえる。

「なんで、俺の嫌がることばかりするんだ」
なんでって…なんでって。ヅラの困った顔が見たいから?か?
あれ、なんでコイツの困った顔が見たいのさ、俺は。…なんでよ?自分で自分がわからない。

「銀時も俺が嫌いなんだろう?」
「いや、違う!その、なんて言えばいいんだ、その、えっとぉ…」
桂は銀時の目を見据える。桂の目は意思が強そうで真っ直ぐだ。

涙で潤んだ目は少年のささやかな罪悪感を少し刺激する。

やべ、言い過ぎたかなぁ、ちょっと。
「俺は他の奴にニックネームなんて付けねーし」
「他の奴?」
「そっ。俺が愛称で呼ぶのはおまえだけな訳よ」
そうだ。つまりはそうゆうことだ。俺、いいこと言うじゃん。
いくら鈍感なコイツでもそれぐらい言われればわかんだろ。
銀時は内心自慢気だ。
「意味がわからんぞ、銀時」
あららら。これだからくそ真面目な奴はさぁ。しょうがないねー。
「こういう意味だよ」

銀時はかがんで桂の顔を下から除き込み、顔を近づけた。

「…銀時、?」

そうっと、後頭部に手を添え、優しく瞼に口づけた。

「悪かったよ、そんなに気にしてると思わなかったんだよ、ごめんな」

もう一度、口づける。今度はもう片方の瞼へ。


「ぎ、銀時…」
「もう泣くなよ」


二人はみつめあう。非常に気まずい。銀時は後頭部に添えた手を下ろした。お互いに恥ずかしくて次第に俯いてしまう。 長い沈黙。

「ぷっ」
沈黙を先に破ったのは桂だった。
「な、何がおかしいんだよ、ヅラぁ」
「はははは…っ」
俺、頑張ってちゅーしたってのに笑われてるよ!
「はははっ。いや、お前は変な奴だな、と思ってな」
「なんだそりゃ…お前には言われたくねーよ、電波ヤローが」
さっきまでいい雰囲気だったよーな気がするんだけど?おかしくない?
「仕方あるまい。今回のことは水に長そう。」
水に流しちゃうんですか、そうですか…銀さん悲しい。

桂は空を仰いだ。

雁が群れをなして夕暮れの空を横切っていく。アキアカネがフワフワと辺りを浮遊している。
「そろそろ家に戻らねば…また明日な。銀時」
「おーう。また明日な。ヅラぁ」
「ヅラじゃない桂だ!!その、あれだぞ、貴様またそうやって呼んでるとな、泣くぞ」
「あぁん?!そしたら、またちゅーしてやるよ、バーカ!」
「望むところだ!」喧喧囂囂、侃々諤々。言い争いは絶えない。



「先生、こっち、こっち。」
高杉が松陽の手を引いてやってきた。

「高杉君、ちょっと待って下さい。」
松陽が立ち止まる。遠くには二人が喧嘩してる様子が伺えた。
「見えますか、高杉君」
「はい」
よく聞こえないが、間に入るのがバカバカしいくらいのつまらない口喧嘩をしているようだ。
「二人とも仲直りしたみたいですね」
松陽は目を細めた。
「そうですね…」
「帰りましょう。銀時君と桂君はもう大丈夫ですよ」
「はい」
二人は踵を返すと今来た道をゆっくり歩き始めた。

高杉はチラリと振り返る。

まだやってる。チッ、心配して損したぜ!

「高杉君、ああいうのを、世間では痴話喧嘩と呼ぶのですよ 。痴話喧嘩は仲裁には入らず見守ってあげてくださいね」
「そうなんですか」
ちわげんか、初めて聞く言葉だった。今度、辞書を引いてみよう。
「二人のこと、よろしくお願いしますね」
「は、はい!」
高杉は先生の頼みごとが嬉しくて仕方ない。

しかし内心は。アイツラならほっといても平気だろ、多分。
こんなだった。
松陽と高杉は暮れなずむ夕日と藍色の秋空を背に家路を歩んだ。



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