ヅラは昨日ふらりと万事屋に立ち寄って世間話やら最近見たドラマの感想だのをとりとめもなく話した後、帰った。攘夷の話をするでもなく、昔話を語る訳でもなく、だからといって依頼があるでもなく、いつもながら何しに万事屋に来るのかよく解らない。
しかもケータイ電話を忘れていった。
ヅラは不定期にここを訪れる。次はいつ来るかわからない。つまり、それまでは俺の手元にある訳だ。
俺は掌でケータイを転がす。
そうとなりゃあ、好奇心が疼くってもんだ。興味津々だよ、もう。
ヅラはどんなエロ画像を保存してんのかなー???
考えられるのはやっぱり人妻とか熟女か?そういうの俺は燃えないんだよなあ、残念ながら。
年配の女かー。二つ三つ上くらいならいいけど一回りとかはきっついな…あいつにすすめられて見たAVもイマイチだったし。
エロ以外なら動物の写真とかありそうだな。肉球とかさ、例のペンギン野郎の寝顔とか野良猫の写真があったりして。
いや、それよりも俺の写真が待ち受けだったらどうするよ?
こう、フタあけたらバーンと彼氏が!!!ハートマークつけて横に名前とか描かれて加工してあってさ…すっっげえうざさ炸裂!
うーん俺って超愛されてるー!!!参っちゃうね、我ながら。ははははは!ははははは!銀さん恥ずかしーい!でも嬉しーいぃ!
俺はケータイ片手に布団の上で一人バカみたいに笑い転げまわる。
さーてと。そろそろ開けてみるか。
ん、暗証番号?ロックかかってるな。4桁か。
ヅラの奴、何かヤバいデータでも持ってんのかなあ…攘夷関連の極秘メール?なら他人には見られたくないよな。そういやあいつあんなんでも党首はってんだよな。党の人間の個人情報か?潜伏場所がケータイから漏洩なんてシャレにならねーか。
とりあえず適当に入れてみるか番号。
まずはデフォルトの1234…さすがに違うか。じゃあ1111…これも違う。えーと2222 3333 4444 5555 6666 7777 8888 9999…
ん、あれだな。宅電の下4桁。違った。
何だ、他に何か語呂合わせで数字4桁って。 なんでもいい、でたらめな数字。
俺は適当にキーを押しまくり数字を入力していった。
あぁ、ヅラの誕生日だ!そうだそれだよ。
違うみてーだな。
じゃあ他の奴の誕生日… んー。…
あ、開いた。
……これ、俺の誕生日じゃん…
俺は電源を切ってケータイを机に置いた。
翌朝、陽も満足に昇らないうちからヅラは忘れ物を取りにやって来た。なくなって困ってたらしい。普段なら寝てる時間で怒るとこだが今日はそういう訳にはいかない。
俺はすぐさまヅラに謝った。ヅラは当然、何を謝ってるのか聞いてくる。銀時が俺に頭を下げるなんて怪しいだの、何企んでるんだだの、何も奢らんぞだの、かなり失礼なことを抜け抜けと言ってくる。アホか。本当のことなんて言えるわけないじゃん。
恋人のケータイで興味本位から勝手にプライベート覗こうとしてました、あまつさえ俺の誕生日を鍵にしてる相手の気持ちに気づけないぐらいに無遠慮で卑しい人間です。なんて。
いくら仲良くたってやっちゃいけない事はあるよな。うん。俺ってやな奴。ヅラならこんぐらいやっても怒らないだろ、許すに決まってる。いーや許すに決まってるじゃん!無意識にそう考えてたかも。やべえ。何してんの俺。最低だよ、ほんとに。
テーブルに額を擦り付けて平謝りする俺に対してヅラは腕組みをして困惑したままだった。
そんなに謝られても事情を聞かんことにはな。だって。
だから言えないんだよ、そんなこと!
ヅラはくしゃっと頭を撫でてきた。しょうがない奴だな。何をしたのか知らんがもういい。頭を上げんか。 と呆れた風に言う。俺が顔を上げるとヅラは朗らかに笑った。
ヅラはケータイを持って帰っていった。
ゴメンな桂。もう二度としないから。
心の中で何度も詫びながら窓の外、遠ざかるヅラを見送った。
ヅラは振り返らない。
すまないな。桂。
俺、おまえに謝らなきゃいけないこと他にもあるんだよな。今回の件だけじゃなくて、もっとおっきいことが。今は言えないけど、必ず話すからな。俺が自分に蹴りつけて、てめえでてめえのこと説明できるようになったらいつか。いつかぜったいに。伝えるから。
陽が高くなり、ターミナルに朝日が反射した。
眩しい。あれからどれぐらい時間がたっただろうか。
俺が黙って攘夷戦争から抜けた日から。
戦うことを止めた、それ自体を後悔したことは一度もない。
だけど何も告げずに離反したことは常に心にひっかかっている。
あの日も同じように、こんなに朝日は眩しかっただろうか。